2011年03月20日

プトレマイオス三世

Berenike_II_.jpg
*写真はプトレマイオス三世の妻ベレニケ二世


プトレマイオス朝の三代め、プトレマイオス三世も賢王だった。
プトレマイオス朝はこの王のときに全盛期を迎えたといえる。
即位した年(BC246年)にシリアに嫁いでいた姉妹を殺され
その報復でシリアを攻め(第三次シリア戦争)、
首都アンティオキアを占領。
その勢いで20km余り先の交易都市セレウキアになだれ込みひと稼ぎした。
(つまり略奪をした)
まあ、これはシリアが悪い成り行きのようだ。
第二次シリア戦争が終結して和睦のしるしに嫁にやったプトレマイオスの
姉ちゃんだか妹だかは殺されてしまったのだし。
しかし、殺したのはシリア王ではない。王の前妻だ。
前妻は後妻ともども王も殺してしまった。
よほど離婚に恨みを持っていた…というよりも権力争いだ。

さて、プトレマイオス三世の歴史に残る戦争といえばまあこのくらいだ。
アレキサンドリアの大灯台は父の代に完成している。
図書館には名だたる学者と文化人が集まっている。
その図書館の館長は地球の大きさをはじめて測ったエラトステネスだ。
プトレマイオス一世が持ち込んだヘレニズム文化は
エジプト文化とほどよく融合しているし
妻のベレニケ二世は美しい髪でも有名だが、賢い妃でもあったらしい。
何も言うことはない。
幸せな三代め、それがプトレマイオス三世だ。

プトレマイオス三世のたったひとつの禍根は息子がアホだったことだ。
息子のプトレマイオス四世は大酒飲みの放蕩もので
狡賢い家来の言うことばかりきいた。本当に困った奴だった。


Voice:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP

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