2011年01月17日

はじめてのスープ




はじめてのスープ

人類が火を使うようになったのはいつの頃か。
この問いにまだ確かな答えはない。
現在発見されている痕跡としてはアフリカのものがいちばん古く
南アフリカのスワルトクランス洞窟では
160万年前の「火の痕跡」があるのだという。
この時代は洪積世と呼ばれ、ホモ・エレクトスと呼ばれる人類がいた。

火は闇と照らし、また野獣を遠ざける役割もあったが
同時に「調理」にも使うことができた。
しかしこの時代にはまだ土器がない。
調理といっても単に肉を炙ったり、
何かの葉にくるんで蒸し焼きにする程度だったと思われる。

土器の発明は2万~1万8千年前だといわれる。
それは最終氷河期の終わり頃で、最初の土器は東アジアで生まれ
日本列島では1万6千年ほど前から土器作りがはじまったとされる。

土器の発明によって、
人は異なる食べ物を同時に煮炊きできるようになった。
たとえば単純に考えて、ここに肉と栗と野菜があったとする。
火があって土器がなければ、肉は肉で焼き、栗は栗で焼く。
野菜は焼くことに適していないので生で食べるしかない。
当時の野菜はアクも強く、おそらく生で食べるのはしんどかったと思う。
しかし土器があれば、肉も木の実も野菜も一緒に煮ることができる。
煮ることによってアクも抜けるし柔らかくもなる。
1万6千年前の日本でいえば、縄文式鍋ものがはじまったわけなのだ。

その汁を飲むこと、つまりスープはここから始まったと思われる。
縄文式鍋ものの中身

世界最古の土器だという日本の縄文式土器の時代に
当時の人々がなにを食べていたのかを考えてみる。

ヨーロッパに較べると多彩な肉類はなかったと思われる。
トナカイのように群れで移動する獣もいない。
鹿はいる。猪もいる。うまく仕留められれば熊もいる。
秋になれば森ではドングリを拾える。クルミ、栗、栃の実。
それから山芋にキノコに山ゴボウ。
野菜は我々の考える野菜ではなくアクの強い山菜だが
食料にはなる。
七草粥に入れるようなものはすべて食べていただろう。

川や海では魚と貝。海草もある。
海岸線近くの貝塚ではハマグリや牡蠣などの貝殻に混じって
鯛やスズキの骨も発見される。クジラやイルカの骨も一緒に。

これだけ多彩な食物があると
現代人でも鍋料理をつくりたくなる。
縄文の遺跡からは木の実を粉にして猪や鹿の肉と油を練り込んだものが
炭化した状態で見つかっている。
ここで想像するのは、肉と魚と貝にドングリの団子入りの縄文鍋だ。
ひとつひとつの材料は少なくてもかまわない。
土器によって複数の食材を同時に煮炊きできるということは
一種類では足りない食材を集めて
豊かな量の食べ物を作ることができることなのだから。

そして、その最古の鍋ものからはじめてのスープが生まれたはずだ。



Voice:大川泰樹 http://yasuki.seesaa.net/ 03-3478-3780 MMP
Tokyo Copywriters' Street 2010年12月
タグ:スープ
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