2011年06月28日

宇宙食の条件

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@長期保存ができてに、A小型軽量であり、B匂いがなく、C飛び散ることがなく
D栄養価に優れ、Eおんどの変化で変質することなく
F衝撃にも強く、G調理器具を必要としない

宇宙での食べ物が上のような条件を満たさねばならなかった時代、
宇宙職とはすなわち離乳食に似たものだった。
宇宙ではじめて食べ物を口にしたのは1961年、ボストーク2号のチトフ飛行士で
1962年アメリカのマーキュリーがそれに続く。
宇宙食の内容は単純で、
ひと口サイズの固形食とチューブ入りのペースト状のものだけだった。

宇宙での滞在時間が長くなるにつれて単純な宇宙食は飛行士を悩まし
ストレスのもとにもなった。
1965年にジェミニ3号に乗り込んだジョン・ヤング飛行士は
ついに宇宙船のなかにターキーサンドイッチを持ち込んだ。
もちろんこっそり持ち込んだので行為そのものは問題になったが
しかし、食事は宇宙での士気にかかわるという主張は認められ
これがきっかけになって宇宙食が改善されていったのである。



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タグ:宇宙食
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2011年06月27日

赤いじゃがいも

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土から顔を出していたじゃがいも2個を収穫。
レッドムーンという種類。
本当に赤カブのような色をしている。

もっと大きくなったら色は薄くなるのだろうか。
そのへんのところが疑問だ。


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2011年06月19日

ジョナサン・スウィフトのイギリス

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1667年生まれのジョナサン・スウィフトの時代をのぞいてみる。
フランスには太陽王ルイ14世がいる。
イギリスの数学者アイザック・ニュートンは
すでに万有引力を発見している。

イギリスの国王はチャールズ2世が1685年に亡くなり、
弟のジェームズ2世が即位したものの名誉革命で廃され
ウィリアム3世、メアリー2世(ジェームス2世の長女)の共同統治を経て
1702年にはアン女王(ジェームス2世の次女)の時代になっていた。
政治的には不安定な時期といえるが
一方ではそれによって言論の自由が認められ
ジャーナリズムが発展していった。

イギリス最初のコーヒーハウスは
1650年にオックスフォードで開店しているが
またたくまにロンドンにも波及し、1683年には3000軒を数えた。
そこではあらゆる新聞雑誌を読むことができ
情報収集の場になるとともに政治や文学をはじめとする
あらゆる議論の場にもなった。

近代広告の先駆けとなったチラシもコーヒーハウスから誕生し
ロイズ保険会社もコーヒーハウスから生まれた。

ジョナサン・スウィフトの著作には
政治的なパンフレットや政治・宗教・社会風刺的なものが多い。
それはコーヒーハウスに入り浸っているスウィフトを想像させるに十分と思う。



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2011年06月11日

ジョナサン・スウィフトの名言



賢者で若くなろうと望む者はいない

誇り高き人でありたいと思う者は、己の虚栄心を隠さなければならない

世に最も輝かしく、最ももろいものが二つある。一つは女の顔、他の一つは陶器

幸福とは、巧みにだまされている状態の不断の所有である

約束とパイの外皮は容易に破れる

血縁が濃いほど闘争する残忍さが大きい

大工は削り屑によって知られる




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2011年06月07日

ジョナサン・スウィフトの A Modest Proposal (穏健なる提案)

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ジョナサン・スウィフトには恐ろしく長いタイトルの著書があって
ちょっと書きだしてみると
 A Modest Proposal: For Preventing the Children of
  Poor People in Ireland from Being a Burden to
 Their Parents or Country, and for Making Them Beneficial to the Public


さらに翻訳すると
アイルランドにおける貧民の子女が、
 その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、
 かつ社会に対して有用ならしめんとする 方法についての私案


A Modest Proposal (穏健なる提案)は
要するに上記の長いタイトルを縮めたものだ。
その内容は、窮乏の末に死んでしまう大勢の子供たちを
1歳で食肉として利用するという提案である。

この著書はアンドレ・ブルトンがブラックユーモアの三大著書に挙げているが
もともとユーモアとして書かれたものではない(言うまでもないが)
アイルランドの窮状がこれほどまで悲惨なことになっている訴えであり
救済ができない政治への激烈な皮肉である。

幸いこのテキストは青空文庫に日本語訳があるので
その一節と日本語訳へのリンクを掲載しておきます。


当事者であれば、以下のことに同意してもらえるだろう。
我が王国において、厖大な量の子供が、
乞食である母親(父親のときもある)の腕に抱かれたり、
背中に背負われたり、後ろを歩いていたりしている。
子供たちは悲惨な状態にあって、非常に多くの問題をもたらしている。
それゆえ、子供たちを社会にとって健全かつ有用な社会的財産にするための、
公正で、安価で、簡単に実行できる方策を発見できる者がいるならば、
その者は社会にとって望ましい人であるから、
国家の保護者として銅像を設置するに値しよう。

だが私の目的は、ただ公然たる乞食の子供を救うにとどまらない。
より広義の目的は、ある特定の世代における子供全体の数を減らし、
その子供を産んだ親を実質的に援助し、
それによって通りで慈悲を乞う人々を助けようとすることにあるのだ。

私は数年間、この重要な問題について思いをめぐらし、
他の方々の計画を慎重に見ていった。
その結果、この方たちは大きな計算違いをしておられると考えざるをえなかった。
確かに、生まれたばかりの赤ん坊は、丸一年間は母親の乳で育てられ、
他の食べ物はわずかですむ。二シリングもあれば十分だろう。
母親もそれくらいの金や残飯は、乞食商売で正当に稼げるだろう。
私の提案は、子供が丸一歳になった時に救いの手を伸ばそうというものである。
この提案を実行すれば、子供が両親や教区に負担をかけたり、
死ぬまで衣食に苦労させるかわりに、
何千もの人々に食料と(幾分かは)衣料を提供することになるのだ。

私の提案にはもう一つ大きな利点がある。
それは、堕胎を防止し、
母親が私生児を殺すという恐ろしい事態を防ぐことができるのだ。
ああ! そんなことが我が国で横行し、無垢な赤ん坊を死に追いやっているのだ。
おそらく恥辱を隠すためというよりは出費を避けるためであろうが、
これにはいかに極悪非道な者の胸にも同情の涙を催さずにはいられないであろう。


青空文庫の「穏便なる提案」:http://www.e-freetext.net/mdstj.html



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2011年06月02日

ジョナサン・スウィフト

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ジョナサン・スウィフトはガリバー旅行記で知られるが
本職は司祭であった。
1686年にダブリン大学で学士号を受け、いったん職についた後
1692年にオックスフォード大学で修士号を受けている。
それからアイルランド教会の司祭に任命され、
どうやら失恋のためらしいがアイルランドを去っている。

それからまたスウィフトは
アイルランドの法院長の一人バークリー伯の家付き司祭としてアイルランドに戻り
1702年にダブリン大学から神学博士の学位を受けている。

ジョナサン・スウィフトの作家としての評価は
1704年に出版された『桶物語』と『書物合戦』からだが
それ以前も政治的なパンフレットを匿名で印刷しており
イングランドの教会に職を得ることに失敗して
ダブリンの聖パトリック教会の主席司祭に就任してからは
政治パンフレットの執筆にますます拍車をかけることになった。

「アイルランド製品の広汎な使用の提案」(1720年)、
「ドレイピア書簡」(1724年)、
そして「穏健なる提案」(1729年)などの執筆で
ジョナサン・スウィフトはアイルランドの愛国者としての地位を高めた。

スウィフトの最高傑作「ガリバー旅行記」は1926年の出版で
この物語には当時の政治を風刺する場面が多く出てくるが
翌年にはフランス語やドイツ語の翻訳版も出版されるほどの人気になった。

1935年にアンドレ・ブルトンがブラックユーモアの手本として挙げた3冊の本、
「箒の柄の上の瞑想」(1710年)、
「穏健なる提案」(1729年)、『奴婢訓』(1731年)は
いずれもジョナサン・スウィフトの作品である。



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