2010年11月28日

森の三日月の物語

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昔、唐(618年−907年)の天台山の地主神が
日本の英彦山(福岡県)に水晶になって天下った。
5年後には伊予(愛媛県)の石鎚山、6年後には淡路国の遊鶴羽山、
また6年後には紀伊国の切部山の松の木に移った。

それから57年たって、水晶は熊野の神倉山に降臨した。
さらに61年後、石淵谷にお移し申し上げたときに
はじめて神の名をあらわした。
それは「結玉家津美御子」といった。
「ムスビ」「タマ」「ケツミミコ」は
「ムスビ」と「タマ」が一対だったので「ケツミミコ」と合わせて
ふたつの社に祀られていた。

それから13年後
神は熊野川の中州、大斎原(おおゆのはら)の森の三本のイチイの木に
3つの月形となって天下った。
ここで神ははじめて三体になる。

さらに八年がたって
ある日、イノシシを追う狩人が木にぶらさがった三日月を発見し
不審に思って問いかけたところ
ひとつは証誠権現、のこりふたつは両所権現と名乗った。
猟師はすっかり恐れ畏まって、3つの月にために仮宮をつくって祀った。

この話は神仏習合がさかんだった時代の、つまり平安時代の
熊野本宮大社の発祥の物語だ。
熊野本宮大社の創建は崇神天皇の時代といわれ
それを信じるならば紀元前ということになるのだが
この三日月の物語は「唐の天台山」という出だしが困ったものだ。
700年くらい時代がズレている。
熊野の神々には諸説ありすぎるくらいあるので
ときにはこんなノドカな物語を紐解くのもいい。

ところで、
熊野には旧暦の11月23日には月が三体になって見えるという
伝承があり
二十三夜の月待ちの行事がいまも行なわれている。
三体の月はおそらく「幻月」という現象で
空気中に氷の結晶が生じ、そこを通過する光の屈折で
月の両側に幻の月があらわれるそうだ。

旧暦の11月23日といえば
今年でいうならば12月28日にあたる。
しかも月の出は夜中過ぎになる。
空気も凍る寒さだろうと思う。



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2010年11月24日

ヤマトタケルの熊野神社

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長野県と群馬県の県境に熊野皇大神社があり
創建はヤマトタケルといわれている。
まあ、そういうことにしておくと
この県境の熊野神社ができたのは二世紀のはじめの頃で
これは全国に数ある熊野神社のなかでも
最古の部類ではないかと思う。

ここに祀られているのは、イザナミと事解之男(コトサカノオ)と
速玉男(ハヤタマオ)である。
こちらの速玉男はスサノオという伝承がある。

さて、ここで気になるのは
熊野では熊野三神の影に隠れて実に目立っていない事解之男が
こちらの熊野神社では三神のひとりとして
堂々と姿をあらわしていることだ。

事解之男(コトサカノオ)は、日本書紀によると
黄泉の国で生まれた。
イザナギがイザナミを追って黄泉の国へ行ったときで
ざっとこんな状況である。

 「おまえのことを悲しんでここに来たのだ」
  「私のことを見ないでください」
   (イザナギはなおもしげしげとイザナミの変わり果てた姿を見る)
  「あなたは私の真実を見てしまった。私もあなたの真実を見ます」
   (イザナギは己の真実を恥じて帰ろうとするが、その前にひと言いう)
 「もう我々は別れることにしよう。恨まれても負けないぞ」

イザナギの身勝手さはさておくとして
このときイザナギが唾を吐いて生まれたのが速玉男(ハヤタマオ)
それを掃うときに生まれたのが事解之男だという。
唾を吐いて掃う(祓う)のが別れの儀式だったのかどうか知らないが
唾は自分の分身であり、その分身を祓うことによって
黄泉の国との関係を断ったということだろうか。
速玉男も事解之男(コトサカノオ)も黄泉の穢れを浄化する神と
考えられている。

さて、長野と群馬の県境の熊野皇大神社に坐します事解之男は
この事解之男と同一神なのだろうか。
そうではないという説がある。

この世にはさまざま面倒な書物が存在するが
歴代の天皇がああしたこうしたというのをまとめた
「帝王編年記」には、崇神天皇がニギハヤヒを祭るときに
事解之男という別名にしたと書いてあるらしいのだ。
「帝王編年記」は室町初期の成立なので、著者はもちろんのこと
崇神天皇の支配する紀元前の日本列島のことなど知るよしもない。
ただ、そういった伝承があったのだろうと思う。
しかし、そうなると熊野神社の事解之男は黄泉で生まれた神ではなく
ニギハヤヒの別名であり
ニギハヤヒにはオオクニヌシの息子説、スサノオの息子説など
楽しく興味深いさまざまな説があるし
さらに神武天皇以前の王権の存在もニギハヤヒから見えてくる。

祭神を「イザナミ」「速玉之男(スサノオ)」
「事解之男(ニギハヤヒ)」とする熊野神社は日本各地に残るが、
いずれも古い神社であり

熊野考をますます楽しいものにしてくれている。



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2010年11月18日

陰の神の集うところ

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日本の神話には陰の神々と陽の神々がいる。
高天原系の神々は陽の神だが
陰のはじまりは死んで根の国へ行ってしまったイザナミだ。
根の国へ追放されたスサノオも陰神の代表格といえそうだ。
国土開発の揚げ句に国譲りなどと称して
国を取り上げられて滅ぼされたオオクニヌシの一族も陰神である。

熊野の神々は後世になって
イザナギやイザナミ、スサノオ、オオクニヌシと
いわれるようになった。
「タマ」がイザナギ、「ムスビ」がイザナギ、「ケ」が
スサノオで、熊野那智大社に坐しますオオナムチが
オオクニヌシという伝承である。「タマ」がスサノオという場合もある。
簡単にまとめるとこんな風になる(★印が主祭神とされる神)

熊野本宮大社
 西御前「ムスビ」熊野夫須美大神・事解之男神(ニギハヤヒとも?)
 中御前「タマ」熊野速玉之男大神・伊邪那岐大神
 證証殿 ★「ケ」家都美御子大神
 若宮 天照皇太大神(アマテラスのことだが、一説ではニギハヤヒ)

熊野那智大社
 滝宮 オオナムチ(オオモノヌシまたはオオオクニヌシ)
 證証殿 「ケ」家都御子神・国常立尊
 中御前 「タマ」御子速玉之神
 西御前 ★「ムスビ」熊野夫須美大神・事解之男神
 若宮 天照大神(アマテラスのことだが、一説ではニギハヤヒ)
 別宮 飛瀧神社 オオナムチ

熊野速玉大社
 結宮 ★「ムスビ」熊野夫須美大神
 速玉宮 ★「タマ」熊野速玉大神
 証誠殿  「ケ」家津美御子大神・国常立尊
 若宮  天照皇太大神(アマテラスのことだが、一説ではニギハヤヒ)
(神倉宮) 高倉下命

中世の伝承にしたがうと「タマ」をイザナギ、「ムスビ」をイザナギ
「ケ」がスサノオになり黄泉の国トリオが揃う。
さらに那智にはオオモノヌシ(オオクニヌシ)もいるし
アマテラスは実は太陽神の天照大神のことではなく
天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊のことだとの説がある。
つまり、ニギハヤヒである。
天孫降臨以前に天鳥船に乗って近畿に下った神であり
滅亡した物部氏の始祖神ともいわれている。
さらに事解之男(コトサカノオ)もいる。
コトサカノオは日本書紀によると黄泉の国で生まれた神だが
熊野のコトサカノオはニギハヤヒの別名だともいわれるので
さらにややこしい。

古事記や日本書紀が編纂された時代から
神々の系譜や歴史は支配者に都合よく書き換えられ、
国家による管理がしやすくなっていった。
支配者による土地の神の乗っ取り、名前のつけ変えなどは
当然あっただろうし
神を祀る側としては、なんとか朝廷にバレないように
神さまの名前をわかりにくくしておこうというようなことも
あったと思う。

しかし、それにしても
熊野に集うのは根の国、黄泉の国と縁が深い神々だ。
熊野は根の国、黄泉の国、一筋縄ではいかない。



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2010年11月15日

妖しき文豪怪談

今年の8月、NHK BSで放映された「妖しき文豪怪談」が
昨日、つまり11月13日に再放送されるを知らずにうかうかとしていた。
よもやと思って動画サイトをさがしてみたら韓国の動画サイトで発見。

たとえば、川端康成「片腕」ならここです。
http://www.mgoon.com/view.htm?id=4091660

川端康成「片腕」 監督:落合正幸 出演:平田満
太宰治「葉桜と魔笛」 監督;塚本晋也 出演:河合青葉
芥川龍之介「鼻」 監督:李相日 出演:松重豊
室生犀星「後の日」 監督:是枝裕和 出演:加瀬亮

公式サイト:http://www.nhk.or.jp/bungokaidan/
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2010年11月10日

奈良だって紅葉がキレイ



2年前の今日(11月10日)、奈良県天川村の紅葉です。





こちらは去年の11月1日、同じく天川村。

タグ:奈良 紅葉
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2010年11月07日

ハヤタマとムスビ

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熊野三神は熊野速玉大神、熊野夫須美大神、家都美御子大神である。
それぞれ「クマノハヤタマノオオカミ」「クマノムスビノオオカミ」
「ケツミミコノオオカミ」と読む。

クマノムスビは「ムスビ」だから生産、生成の力と思われる。
世界創造であり、無から有を生じさせるパワーである。
一方ハヤタマの「タマ」は魂であり、神霊である。
「ハヤ」は「映えわたる」と考えればよいのではないか。
スサノオの別名にハヤスサノオがあるが
スサノオには「荒ぶる」の意があるので
非常にラフないいかたをすると、「メチャメチャ乱暴」の
「メチャメチャ」が「ハヤ」だ。
古い朝鮮語に由来を求めると、ハヤは石、タマは王。
やっぱり強そうだ。
タマとムスビの二柱の神はもともとは一対だったという。
神さま本体(タマ)とその生成のパワー(ムスビ)という
組み合わせがタマ&ムスビだったのかもしれない。

ところで、いつかは知らないが
熊野速玉大神(ハヤタマ)をイザナギ、あるいはスサノオ
熊野夫須美大神(ムスビ)をイザナミであるというようになった。
これはもともと日本神話に出て来るイザナギとイザナミを祀ったと
単純に考えるべきではなく
熊野という世界の始祖神と考えるべきと思う。

ところで、家都美御子大神(ケツミミコ)だが
もともとはこの神の名はあきらかではなく
単に熊野坐大神という名で呼ばれていた。それは
熊野においでになる大いなる神という意味で、特定の名前ではない。
もともと神と呼ばれるものはチカラでありエネルギーであって
「白い着物を着たおじいさん」や「袋を背負った人」ではなく
「山田太郎」というような固有名詞は存在しない。
名前をつけて気安く呼ぶにはあまりに強大で恐れ多いからだ。
ハヤタマもムスビも固有名詞ではない。
強いていえばチカラの方向性を象徴するコトバだ。
ケツミミコという名前は固有名詞らしく聞こえるが
「ケ」が「食(ケ)」の意味だとすると食物の神で
あとは尊称やら美称だろう。
そもそも熊野坐大神がケツミミコという名で呼ばれるようになったのは
少なくとも9世紀以降のことだった。
伊勢神宮にアマテラスとトヨウケ(食物神)がいるように
熊野にも食の神が必要だと思ったのだろうかもしれないが
もともと熊野坐大神という正体の片鱗もわからない
恐ろしそうなこの神を食物神にしてしまうのは
無理があるような気がする。
この神はスサノオだとされることもあるが
そのくらい荒ぶる強大な神だったのだろう。

熊野の神々はなかなかその正体を明かさない。
人が神に名前をつけ正体を記すことはある種の管理だが
熊野の神々は神話を捏造し神社を統合してきたかつての支配者たちの
手に余るものがあったのかもしれない。


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2010年11月02日

京都の紅葉はやはり11月から



京都の紅葉はやはり11月にならないと。
春の夜桜もいいですが、夜の紅葉もなかなかのものです。


タグ:京都 紅葉
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