2010年10月31日

神武天皇の熊野上陸

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神武天皇の熊野上陸


なにしろ神代の時代ということで
人も神も、それから名づけようのないあやしいものまで
日本列島に跋扈していたことになっている。

神武天皇は列島の中央に陣取ってこの国全体の支配者になるべく
日向(宮崎県)の高千穂から東に軍をすすめていた。
あちらこちらでかなり長い寄り道などあったが
とにかくも瀬戸内海から大阪湾に出て淀川をさかのぼり
大和へ向おうとした。
ところが、ナガスネヒコの抵抗に遭い敗退してしまう。

それから神武は紀伊半島を南下し熊野に上陸、
そこから北上して大和をめざすことにした。
淀川コースが表玄関だとすると、熊野は裏である。
城でいえば搦手に当たる。
搦手は険阻な山を背負うなどして出入りをむづかしくするものだが
熊野がまさしくそうだった。どこまでも山がつづいている。
険しい道もあれば薮を掻き分けてやっと進む道もあった。
八咫烏が案内をしたということになっているから
山中に熊やイノシシを追う狩人が山越えを案内したのかもしれない。
しかし、神武は熊野を征服して進んだのではなかった。
神武は熊野をただ通過しただけであり
おそらく、なるべく戦わないように通過したのであり
神武が大和を帰順させた後も
熊野は未征服の地、あるいは未開の地として日本史に残りつづけた。



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タグ:熊野
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2010年10月25日

聖なる右手と不浄の左手

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インドでは右手が聖なるものとされる。
食事のときは当然ながら右手のみを使う。
グローバルな人々はナイフとフォークを両手で操ることに
なじまざるを得ないとはいえ
左手で誰かにものを渡したりするのは失礼なことであるらしい。
左手はトイレで使う手であり、不浄な手だからだ。

さて、そのインドでも右手と左手を合わせて合掌をする。
これはなぜだろう。

右手は聖なる手で神々を象徴する。
不浄な左手は自分自身の象徴である。
その右手と左手を合わせる行為は自分と神との合一といえるのだ。



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タグ:ありがとう
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2010年10月22日

おおきに

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「おおきに」は西の言葉だ。
「おおきに」によってその後につづく言葉が省略されるし
また省略してもよいことになっている。
「おおきに」という言葉に馴染んでいる人は
そのときどきで言外の意味をさとってしまうので
最後まで口にするのは野暮で恥ずかしいのだが
馴染みのない人にとってはハンパな上に魑魅魍魎の言葉だともいえる。
おおきに=ありがとうだと思っている人もいれば
おおきに=すみませんと思う人もいる。
また、「おおきにお世話な」といえば、これは感謝ではなく
余計なお世話という意味になるので油断がならない。

オホキニやオホキナルは大きさや偉大さをあらわす古い言葉で
源氏物語に「年のほどよりオホキニ大人しう清らかに」とあるのは
年齢よりは大きくと解釈してよかろうし
「皆オホキニ歓喜し」は大いに喜んだという意味だろう。

「おおきに」に馴染みのない人はその意味を確定したがるけれど
「おおきに」は放っておくのがいい。
オホキニは数として数えられない量の多さを意味するだけで
その真の意味はその言葉を発する人の態度や
その言葉が発されたときの状況のなかに潜んでいるのだ。



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2010年10月20日

大台ケ原の紅葉ははじまっている



大台ケ原は奈良県の吉野熊野国立公園のなかにある。
特別保護区である。
日本100名山のひとつであり、日本の秘境100選にも数えられている。
山なのになぜ「原」かというと頂上が平坦だからだ。
平坦といっても低いわけではなく、標高は1695メートルある。

この山の紅葉は早い。
西大台は入山規制が実施されているために
事前の申し込みが必要だが
紅葉のシーズンは通常の倍の人数(それでも100人)の入山が許可される。
東大台は立ち入り自由になっている。
また、ふもとには小処温泉があり
こちらでは11月13日に紅葉祭が開催される。


大台ケ原のある上北山村HP:http://vill.kamikitayama.nara.jp/


大台ケ原の紅葉の動画。立ち枯れの木々は1959年の伊勢湾台風の破壊のあと。
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2010年10月19日

紅葉だより



日光、そろそろこんな紅葉になる頃です。


タグ:紅葉 日光
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2010年10月17日

朱鷺はいま

写真素材 PIXTA
(c) アイアンホース写真素材 PIXTA



◉9月中に確認されたトキ(9月末現在)
 佐渡15羽 (オス8、メス7)
 本州2羽 (メス2) 計17羽

◉死亡、行方不明
・一ヶ月以上未確認 4羽
・半年以上未確認 5羽
・死亡及び1年以上未確認 3羽
・捕獲 1羽(2009年放鳥直後)

◉トキのいる地域
佐渡/新穂、両津、金井、羽茂、相川
新潟県/新潟市
富山県/黒部市

今年も11月1日に14羽のトキが放たれる。

タグ:朱鷺
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2010年10月15日

「かたじけない」は古い、「ありがたい」は新しい

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「かたじけない」は古い、「ありがたい」は新しい


お礼の言葉はそもそも神仏に対して用いられた言葉が
人に対しても使われるようになったもので
「ありがたい」は江戸時代の初期から芝居などで使用例が見られ
それ以前は「かたじけない」がもっぱらであったらしい。
また地域によっても違っており
「ありがたい」が広まったのは江戸、
上方(関西)では江戸後期になっても「かたじけない」が使われていた。

上方は婉曲表現が強いため
やがて「ありがとう」でも「かたじけない」でもない言葉が発生する。
重ね重ねの意味を持つ「だんだん」や、大いにの意味の「おおきに」だ。
(「おおきに」については別に述べたい)
「だんだんありがとう」のありがとうがとれて「だんだん」に
「おおきにありがとう」が「おおきに」になっていくのは
直接的な表現を恥じる西の文化らしいといえる。
実のところ、かたじけないとありがたいは微妙に意味が違うのだが
「だんだん」と「おおきに」だけならば
その言葉を受け取る人が都合よく考えてくれれば済む。

ところで、長野県の方言に
「おかたしけ」「おかたしけない」というのがある。

むづかしい語源の話を引っ張り出してみたら
カ=行為を
タ=為すべく
シ=取り組んでくれたので
ケ=良い変化がありました
というようなことらしい。
つまり、あなたは私を助けてくれましたという言葉が
「カタシケ」であり
それがお礼の意味を持ち、「お」やら「ない」がひっついた
ということらしいのだ。

ありがとうひとつをとってもややこしい。



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2010年10月11日

ありがとうの語源

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お釈迦さまの語録を集めたような法句経に
こんな言葉があります。

人の生を受くるは難く
やがて死すべきものの
いま命あるは有り難し

ひらたく意味を考えてみると

この世に何億も存在する生物のなかで
人間として生を受けるのはむづかしく、
また奇跡に近い希有なことだ。
やがて死ぬべきその命が
いまこうして生かされていることは
あり得ないほど神秘的な出来事なのだ。

この「有り難し」が、ありがとうの語源です。
あり得ないほどの不思議な出来事に感謝の念をあらわす言葉が
「ありがとう」です。

生まれて来たことに
そして、いま生きていることに
まず「ありがとう」




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2010年10月04日

金魚の産地、郡山

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日本でもっとも歴史のある金魚の産地は
奈良県の大和郡山で
これは1724年の柳沢吉里の入国に端を発する。
吉里は柳沢吉保の嫡男で、甲府藩の藩主だったが
後に大和郡山藩に移った。

さて、この柳沢吉里の家臣に横田又兵衛という人がおり
又兵衛が金魚を連れてきたのが
大和郡山の金魚のはじまりだったというのだが
15万石の殿さまと家臣団が東海道と中山道に別れて
10泊から13泊の大移動をしたときに
金魚はどんな方法で運ばれたのかが判然としない。

ともかく、こうして金魚は大和郡山にやってきた。
大和郡山は良質の地下水に恵まれていたために
金魚の飼育に適し、やがてそれは武士の内職として定着する。

大和郡山が全国に出荷するほどの金魚の産地になったのは
やはり明治になってからで、
失業した武士が最後の藩主柳沢吉申の援助を受け、
地元の農民らと協力して養殖をはじめたからだ。
現在、大和郡山は全国の金魚のシェアの40%を生産している。



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タグ:金魚
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